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20年間の研究の流れ

木谷教授時代は、慢性リンパ性白血病、慢性疲労症候群、発作性夜間血色素尿症などの発症機構や病態解析を中心に研究が進められた。1997年に金倉教授が誕生して以来、造血細胞の増殖・分化・腫瘍化に関するシグナルや造血幹細胞特性に関与する分子群を中心に解析が進められた。特筆すべき成果として、2004年にJ Exp Medに掲載された新規抗アポトーシス分子Anamorsinの発見が挙げられる。2004年には、血液・腫瘍内科と第二内科血液グループが合併した。第二内科血液グループで積極的に行われていた血小板研究やリンパ造血調整因子の同定などが新たな研究課題として加わった。このように、血液・腫瘍内科構成員の増加と比例して研究の対象や内容が広がり、いずれの分野においても最先端の研究が行われ優れた研究成果を発表してきている。また、倉恒先生や松村先生の教授就任に伴い異動となった勤務先においても、一部の研究課題が引き継がれて成果を挙げている。
現在、織谷・柴山・横田・江副・一井を中心とする白血球・幹細胞グループ、水木らの腫瘍グループ、冨山・柏木・田所を中心とする血小板グループ、西村らのPNHグループに分かれている。常に10人程度の大学院生が在籍しており、熱心に研究に打ち込んでいる。
以下に、現在行われている研究課題を中心に、血液・腫瘍内科20年にわたる研究の流れを紹介する。


1. 初期10年間(1993-2002)の研究

2. 造血幹細胞研究

3. 造血細胞の腫瘍化機構に関する研究

4. アナモルシン研究

5. 造血幹細胞からリンパ球への初期分化を制御する分子機構の解析

6. リンパ球機能調節シグナル

7. 造血骨髄微小環境の解析

8. 血小板研究

9. PNH研究

10. 医師主導型臨床研究


1.初期10年間(1993-2002)の研究

 初代の木谷教授の頃には、待井、田川、倉恒、徳嶺、大野らが中心となって、リンパ系腫瘍の発症機構・病態解析、慢性疲労症候群 (CFS)、発作性夜間血色素尿症 (PNH)に関する研究が主に行われてきた。1997年に現教授である金倉教授が就任し、造血因子/受容体を介する造血細胞の増殖・分化・腫瘍化機構の研究、転写制御機構の解析、造血幹細胞に関する研究、新規抗アポトーシス分子の単離と解析といったテーマが松村、池田、水木、柴山らを中心として、従来の研究に追加する形で新たに行われるようになった。


(1)リンパ系腫瘍の病態解析と治療法の開発のための臨床研究

 微研内科時代より待井、田川、徳嶺らは成熟リンパ球の腫瘍であるB-CLL、Hairy Cell Leukemia (HCL)、LGL、多発性骨髄腫の病態解明のための基礎研究や治療法開発のための臨床研究を行ってきた。徳嶺は、本邦型HCL細胞が欧米型HCL細胞と比較してIFNαの増殖抑制効果に抵抗性を示すことを明らかにし、IFNαの本邦型HCLに対する有効性が低い原因を明らかした (Leukemia 1995)。また、西森と共に阪神骨髄腫研究グループを中心として多発性骨髄腫患者に対するDMVM+ IFNα療法の有効性に関する臨床研究を行った。田川、服部、柴山らは多発性骨髄腫細胞の細胞接着、遊走能について解析を行い、柴山はlamininやfibronectinが多発性骨髄腫由来細胞株の遊走能を増強することを明らかにした (Blood 1995)。待井、山口、伊藤は本邦型HCL症例、SLVL症例などの表面形質、免疫グロブリン遺伝子の再構成パターンの解析を行い (Leukemia 1996)、また本邦型HCLに類似した病態を呈するポリクローナルな慢性のBリンパ球増多症が存在することを報告した (Blood 1997)。更に、臺野はHCL細胞株が産生する細胞外ユビキチンが造血細胞にアポトーシスを誘導することを見い出し、HCL患者における汎血球減少症の原因を明らかにした (BBRC 1996, Blood 2000)。また、中国からの留学生ZhangはHCL細胞においてRhoファミリー分子が過剰発現され、恒常的に活性化されていることを見出し、それが毛髪状の突起形成を制御していることを証明した (IJH 2003)。田川と水木はCD4+CD8+ double-positive T-CLLの腫瘍形質についての解析を行い (Leukemia 1998)、柴野は抗体を用いてLGL細胞特異的に発現する分子の解析を行った

1999年には、大阪大学 病理学の青笹克之教授が中心となり、大阪リンパ腫研究会(Osaka Lymphoma Study Group; OLSG)が設立され、金倉教授も幹事として参加された。OLSGは大阪府下全域および兵庫県の一部の施設のリンパ腫およびリンパ腫関連疾患の病理中央診断および症例登録をおこない、また同時にOLSGに登録された症例を解析した臨床研究も多数おこなわれている。

2012年には、関西全域の多発性骨髄腫症例のデータベースを作成する目的にて、金倉教授が代表幹事となり、関西骨髄腫フォーラム(Kansai Myeloma Forum; KMF)が設立された。


(2)CFS研究

 l990年に木谷教授により国内で第一例目の国際的診断基準を満たすCFS患者が報告され、199l年には木谷教授を班長とする厚生省のCFS調査研究班が発足した。その後、本邦におけるCFSの診断基準がCFS調査研究班により設定され、1993年にはこの基準をもとに474例のCFS症例が報告された。当科が設立されたのはこの翌年である。倉恒らは北海道大学免疫研究所(現阪大微研ウイルス免疫)の生田教授らとの共同研究によりCFS患者においては好神経性ウイルスであるボルナ病ウイルスに対する抗体が高頻度に認められることを明らかにした (FEBS Lett 1996)。また、CFSの病因について感染症以外にも免疫異常、内分泌異常、代謝異常など多角的な検討を行なった。その結果、CFS患者の多くでは、エネルギー代謝に関わる血清アシルカルニチン値が減少していることを見出した (J Immunol Immunopharmacol 1996)。更に、山口は生体内でのアシルカルニチンの動態には食事による調節系が存在することを明らかとした (BBRC 1996) 。これまで血清アシルカルニチンの生理学的意義の詳細は不明であったが、倉恒はスウエーデンのPETセンターと共同研究を行い、脳において神経伝達物質の合成に利用されていること (BBRC 1997)、CFS患者では脳への取り込みに異常が存在することも明らかとした (Neuroimage 2002)。倉恒は、1999年から始まった科学技術庁の「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する研究」(研究代表者:大阪市大システム神経科学講座 渡辺教授;文部科学省に引き継がれ2004年まで2期継続)というプロジェクトにおいて班長として中心的な役割を担い、研究内容も、CFSに限らず一般的な疲労にまで拡大された。2003年4月より関西福祉科学大学に移ったが、阪大においてCFS診療を継続すると共に、疲労の原因を分子レベルで解明し、疲労の客観的な定量化システムを構築していった。


2. 造血幹細胞研究

(1)造血細胞の増殖・分化制御機構の分子遺伝学的解析

 全ての血液細胞は造血幹細胞を頂点としたヒエラルキーを構成し、造血幹細胞から必要に応じて増殖・分化により一生涯にわたって枯渇すること無く必要な細胞が供給されることが明らかにされてきた。しかし、造血細胞が、主にサイトカインからの刺激を受けて増殖したり、特定の系統に分化したりするその機構は未だ明らかではなかった。当グループでは、造血細胞の増殖・分化に関わるサイトカイン(トロンボポイエチン、エリスロポイエチン、IL-3、IL-6など)受容体の下流で働くシグナル伝達経路(Ras/MAPK、JAK/STATs、PI3K)においてどのような相互作用によってその刺激を伝え、さらにそれにより誘導される転写因子がどのような機構により造血細胞の運命決定に関わっているかについて研究を進めてきた。STAT5が細胞周期を回転させる因子Cyclin D1の制御により造血細胞の増殖に関わること(松村)(EMBO J 1999)、IL-6は主に細胞増殖を促すが、一部の造血細胞ではアポトーシスを誘導するその機構としてIL-6の刺激によるSTAT33のプロテアソームを介した分解が関わっていること(臺野)(Blood 2000)を明らかにした。また、TPOによる巨核球の分化にはCyclin Dやcdcの発現/活性制御が関わっていること(松村)(J Biol Chem 2000)を示した。これらによりサイトカインシグナルが細胞周期制御因子の作用制御を介して造血細胞の増殖や分化、細胞死に関わっていることを示した。転写因子では、GATA-1がSTAT3の活性制御や細胞周期制御因子の発現制御を介して増殖・生存・分化に関わること(田中、江副)(Blood 2000, J Biol Chem 2005)、赤芽球/巨核球の分化にはNotchシグナルによるGATA-1の抑制が重要であること(石河)(J Biol Chem 2004)を示した。また、造血細胞以外でも、転写因子MyoDがSTAT3を介して筋芽細胞(Myoblast)の増殖・分化制御に関わることを示した(片岡)(J Biol Chem 2003)。これらにより、本来同じ下流のシグナル経路を介するサイトカイン刺激が、細胞の種類によって生存、増殖、分化、細胞死などの異なった作用を示すその機序について明らかにしてきた。

 一方、造血幹細胞は骨髄微小環境においてその大部分が静止期にあり、分化も増殖もしない状態を保つことによって枯渇を防いでいること、そして必要に応じてほんの一部が増殖し、造血に供することが明らかにされてきた。我々のグループでは、造血幹細胞の増殖制御における分子機構を明らかにすることを一つのテーマとして取り組んできた。造血幹細胞に発現している転写因子GATA-2が細胞周期制御因子の発現制御を介して造血幹細胞の静止期維持に関わること(江副)(Blood 2002)、NFBが造血細胞の各段階で活性酸素種(ROS)の蓄積を介して増殖、分化、アポトーシス誘導の制御を担っていること(田中、中田)(Mol Cell 2002, J Biol Chem 2004)、増殖因子c-Mycが造血幹細胞の自己複製に関わっていること(佐藤)(J Biol Chem 2004)、エネルギー代謝に関与するヒストン脱アセチル化酵素SIRT1が造血幹細胞の静止期の維持に必須であること(松井)(Biochem Biophys Res Commun 2012)など、転写因子から骨髄環境/代謝制御、エピジェネティック制御に渡り造血幹細胞の運命制御機構を明らかにしてきた。


(2)白血病幹細胞・白血病発症機構の解析

 白血病幹細胞及び白血病発症機構の解析においては、BCR-ABL、FIP1-L1/PDGFRαといったチロシンキナーゼ、AML1/RUNX1などの転写因子についての解析を中心に行っている。がん遺伝子v-Srcのシグナルにおいては、主にRasを介した細胞生存が重要であること(小田嶋)(J Biol Chem 2000)を明らかにした。慢性骨髄性白血病(CML)の原因遺伝子であるBCR-ABLについては、その下流でRas、STAT、PI3Kのシグナル活性の相互作用が必要であること(園山)(J boil Chem 2002)を示した。さらに、BCR-ABLはRasシグナルを介して赤芽球特異的に増殖抑制を誘導すること(徳永)(J Biol Chem 2010)、好酸球性白血病の原因遺伝子FIP1-L1/PDGFRαが好酸球特異的に増殖を誘導すること(福島)(J Biol Chem 2009)を示し、 系統特異的な白血病の病態形成にチロシンキナーゼがどのように関わっているかを明らかにした。一方、前骨髄性白血病(APL)の原因遺伝子PML/RARαは、PMLとSTAT3との相互作用を阻害することによりG-CSFを介した骨髄球系への細胞分化を障害すること(川崎)(Blood 2003)、骨髄異形成症候群(MDS)で認められ AML1 (RUNX1)の優勢阻害型変異であるAML1のc末端欠失変異体(AML1C)が、造血幹細胞のDNA修復機構に異常をもたらすこと(佐藤)(Leukemia 2012)を示し、MDSでは新たな遺伝子変異を起こしやすくそれにより白血病に移行することを明らかにした。また、同じAML1dCは、造血幹細胞特異的にc-mpl (TPO受容体)の発現を誘導し増殖を促すこと(佐藤)(J boil Chem 2008)を明らかにし、転写因子の異常によるMDSや白血病の病態形成に関する解析を行った。

 その他に、HOXのデコイペプチドを用いて造血幹細胞を体外増幅する方法(Tanaka et al. Stem Cells 2006)やCML患者毎の白血病細胞を用いてチロシンキナーゼインヒビター(TKI)への反応性を事前に検討する方法の開発(柴田)(Leuk Res 2011)を行った。

 現在は、造血幹細胞の微小環境における増殖制御機構の研究、主に患者検体を用いた白血病などの疾患病態解明に重点をおき研究を行っている。


3. 造血細胞の腫瘍化機構に関する研究

1998年、金倉教授と共に第二内科より移動した池田、北山が、上田と共に幹細胞増殖因子(Stem Cell Factor, SCF)の受容体c-Kitの活性化変異による細胞の腫瘍化機構についての解析を開始した。共同研究として、久留米大学(現慶応大学)、吉村教授とc-Kitのシグナル伝達を阻害する分子JAB (SOCS-1)の単離 (Nature 1997)、阪大病理学、北村教授(現名誉教授)と消化管の間葉性腫瘍 (GIST)におけるc-Kitの活性化変異の同定 (Science 1998)、c-Kitの胚細胞性活性化変異を有する家系の発見(Nature Genet 1998)が報告された。上田は、c-Kitの細胞内ドメインの22種のTyr-Phe変異体シリーズの解析からc-Kit/SCFによる細胞の遊走と細胞内へのCa流入には傍細胞膜領域のTyr567, Tyr569を介したSrcファミリーのチロシンキナーゼの活性化とキナーゼインサート領域のTyr719を介したPI3-Kの活性化が関与することを明らかとした (Blood 2002)。上田と池田は傍細胞膜領域型(Val559Gly)、キナーゼ領域型(Asp814Val)の2種のc-Kitの活性化変異体のimatinib感受性を検討し、傍細胞膜領域型はimatinib高感受性であるがキナーゼ領域型はimatinib抵抗性であることを明らかとした(Int J Hematol 2002)。水木はドイツ,ミュンスター大学に留学しFLT3の活性型変異(FLT3-ITD)が正常のFLT3と異なりSTAT5の活性化を介して腫瘍化を誘導すること(Blood 2000)、マイクロアレイ解析によりFLT3-ITDによる腫瘍性増殖にはSTAT5の標的分子Pim-2が関与することを証明した (Blood 2003)。 橋本、松村、病理学教室・辻村(現兵庫医大)はc-Kitのキナーゼ領域活性化変異体のシグナル伝達にTyr714-PI3kinase経路が必須であることを報告した(Blood 2003)。石河は、上田、橋本らと同様の研究をFLT3のキナーゼ領域の活性化変異体(Asp835Val)において行い、細胞内ドメインの22個の各Tyr残基のPhe変異体のシリーズを用いて、FLT3キナーゼ領域活性化変異体においてはTyr845,892,922の変異により活性化が抑制され、Hsp90, cdc37の過剰発現で活性化が回復することよりこれらのチロシン残基が活性化変異体の構造の安定化に重要であることを示した(Oncogene 2005)。大塚は予後不良の多発性骨髄腫例に認められるFGFR3活性化変異を有する腫瘍性形質細胞株において、特にキナーゼ領域変異FGFR3Lys560Gluは細胞内で既に活性化を示すこと、またプロテアゾーム阻害剤bortezomibによりERストレスが高度に誘導されることにより本薬剤に高感受性であることを報告した(Anticancer Res 2011)。藤田は定常状態での造血幹細胞から樹状細胞(DC)分化の系を確立し、この系を用いて白血病関連遺伝子class I変異、classII変異によるDC分化への影響を検討し、特にclass I遺伝子によるSTAT5, MEKの特異的なシグナル伝達分子の活性化がplasmacytoid DC分化を障害することまたPD-L1を異所性に発現させることで抗腫瘍免疫を抑制する可能性を示した(Immunol lett 2011)。


4. アナモルシン研究

柴山がインディアナ大学留学中にIL-3依存性細胞株BaF3の亜株でフラスコの底に接着し、IL-3非依存性の増殖を示すようになったBaF3-Adを樹立し、さらにその細胞株からcDNAライブラリーを作成した。1999年血液・腫瘍内科に帰局し、そのライブラリーから発現クローニング法を用いて新規の抗アポトーシス分子をクローニングし、アナモルシン(AM)と命名した。2000年4月から高井とともに、社会環境医学教室の竹田潤二教授の協力を得てAM遺伝子欠損マウスの作成を開始した。2002年4月にAMノックアウト(KO)マウスの作成に成功し、そのフェノタイプを解析したところ、AM KOマウスは胎児肝での二次造血障害を認め、胎生後期に致死となった(J Exp Med 2004)。また、齋藤がAM KOマウス胎児から作成した線維芽細胞(MEF細胞)を用いて解析したところ、AM KO MEF細胞は増殖能の低下が認められ、その現象にPKC、P38MAPKのリン酸化の亢進が関与していることをみいだした(BBRC 2011)。さらに、Yeast-two-hybrid法にてAMと結合する分子としてPicotをクローニングした(BBRC 2011)。谷村がAM KO胎児の造血幹細胞を詳細に解析し、AM KO造血幹細胞の数・活性の低下を明らかにしている(論文投稿準備中)。次にAMと血液疾患との関わりを検討するためAMに対する単クローン抗体を作成し、小原はその抗体を用い免疫組織化学法にて約800検体の悪性リンパ腫の組織を染色し、臨床像との比較をおこなった。B細胞性リンパ腫であるDLBCL、FLの約30%の症例においてAMの強発現が認められ、DLBCLの一部の症例ではAMの過剰発現が予後不良因子となることを明らかにした(Leuk Lymphoma 2008)。AM過剰発現の意義を検討するために、全身の臓器にAMを過剰発現するAMトランスジェニック(Tg)マウスを作成し、濱中が解析をおこなっている。AM Tgマウスの脾臓から得たBリンパ球はLPSに対する反応性が低下しており、NFκB、ERK1/2のリン酸化の低下を認めている。現在、さらに詳細な解析をおこなっている。最近になり、AMとPicotはともに鉄・硫黄クラスター形成に関わる分子であり、AMが欠損すると細胞内の鉄代謝に異常が認められ、フリー鉄が増加し、ROSが蓄積することを谷村がみいだしている。以上、アナモルシンは血液・腫瘍内科で発見され、世界に先駆けて基礎・臨床の両面において詳細な解析がなされてきたが、まだまだ未知な部分も多く残っている。今後も血液・腫瘍内科においてこの興味深い分子の解析がおこなわれることが期待される。


5. 造血幹細胞からリンパ球への初期分化を制御する分子機構の解析

 2004年の診療科再編成に伴い、分子制御内科から血液・腫瘍内科に異動した横田は、米国留学からの課題である、「リンパ球初期分化の制御機構」に関する研究を発展させた。留学中、免疫グロブリンやT細胞受容体の遺伝子再構成に必須である酵素のレポーターマウスを用い、従来造血幹細胞とされていた集団から、早期リンパ球前駆細胞を分離する方法を確立した (Immunity 2003)。早期リンパ球前駆細胞は、B・T・NKリンパ球への分化能力を持つ一方で、赤芽球・骨髄単球系への分化能が顕著に減弱していたことから、適応免疫系を支えるリンパ球の初期分化において重要な段階に位置すると考えられた。そこで、造血幹細胞がリンパ球へと分化する初期段階の分子機構の解明を目的に、早期リンパ球前駆細胞の発現遺伝子を解析した。その結果、クロマチン構造の調節を介してゲノム全体の発現調節を行う分子Special AT-rich sequence binding protein-1 (SATB1)に着目した。横田は佐藤とともにSATB1ノックアウトマウスから分離した造血幹細胞の性質を調べ、造血・免疫細胞自身のSATB1がリンパ球系への初期分化過程に必須であることを証明した。さらに、外来性にSATB1を高発現させることによって、若年マウスの造血幹細胞のみならず、多能性胚性幹細胞や老化によってリンパ球産生能力をほぼ失った造血幹細胞においても、リンパ球産生能力を亢進できることを示した(Immunity 2013)。

 また横田は、造血幹細胞と早期リンパ球前駆細胞における発現遺伝子の比較解析から、造血幹細胞に高発現する新規表面抗原Endothelial cell-selective adhesion molecule (ESAM)を同定した(Blood 2009)。抗ESAM抗体を用いてマウス胎児肝臓の造血幹細胞分画をESAM+とESAM-/lowに分けて移植実験を行い、ESAM+分画に真正の造血幹細胞が存在することを証明した。数藤はこの研究を発展させ、成獣骨髄の静止状態にある造血幹細胞ではESAMの発現が減弱しているが、骨髄抑制を加えて造血幹細胞を活性化すると、ESAMの発現が顕著に再上昇することを明らかにした(J Immunol 2009)。

 現在「リンパ球初期分化の分子機構」に関しては、土居がSATB1レポーターマウスや条件付きノックアウトマウスを作製し、研究を進めている。「造血幹細胞におけるESAMの機能」に関しては、石橋がヒトでの解析へと展開させている


6. リンパ球機能調節シグナル

 Stromal Interaction molecule 1 (STIM1)は、織谷らがクローニングした分子である。STIM1は、細胞内Ca2+濃度を感知するセンサーとしての役割が明らかにされ、リンパ球産生に重要であることが報告されてきた。齊藤、織谷は、STIM1がCa2+枯渇を感知し細胞外から細胞内へのCa2+流入を惹起する分子メカニズムについて検討し、STIM1分子内のcoiled-coilドメインが蛋白安定化や細胞内局在に重要であることを明らかにした(J Cell Biochem 2011)。さらに、STIM1と会合する分子について解析を進めている。

 織谷は、北海道大学 松田教授との共同研究を行っており、リンパ球におけるサイトカインシグナルを調節する分子の解析を進めてきた。Signal transducing adaptor protein (STAP)-2 は、アダプターファミリー蛋白としての構造を有しており、シグナル伝達あるいは転写因子と結合することでその機能を調節することを見出した。即ち、MyD88やIKK-との結合を介してTLRからのNF-B活性化を促進させること(J Immunol 2006)、ユビキチンリガーゼCblとの結合を介してfocal adhesion kinase蛋白の分解を亢進させfibronectinへの細胞接着を減弱させること(J Immunol 2007)、Vav1との結合を介してRac1やCdc42の活性を増強しSDF-1に対する遊走能を亢進させること(J Immunol 2009)、caspase8との結合を介してFas刺激後の細胞死を促進すること(J Immunol 2012)、BCR-ABLとの結合を介してBCR-ABLリン酸化やシグナルを増強させること (Oncogene 2012)、などを報告してきた。藤田(奈)は、DSS誘導腸炎モデルを確立した上で、生体内における免疫/炎症反応に及ぼすSTAP-2の役割を解析している(論文投稿中)。現在、STAP-2を標的とした新しい免疫/炎症薬の開発に取り組んでいる。


7. 造血骨髄微小環境の解析

2003年に骨芽細胞が造血幹細胞維持に必須である事が報告されて以来、造血微小環境(ニッチ)の重要性が広く知られるようになっている。旧第2内科血液グループで行われていた、アディポネクチンの造血に与える影響についての解析(J Immunol 2003)は、合併後も研究が継続され、織谷、氏家、政家は、そのメカニズムについての検討を行った(J Cell Biochem 2006, Exp Hematol 2007)。一井は横田らと共に、造血幹細胞維持とリンパ球への分化に対する微小環境による制御機構についての研究を行い、特に、Wntシグナルの作用についての検討を深めてきた。横田は、Wnt関連分子secreted Frizzled-related protein 1 (sFRP1)をestrogen誘導蛋白として同定し、ニッチから産生されるsFRP1がリンパ球初期分化を著明に抑制することを明らかにした(J Immunol 2008)。一井は、従来報告されていた直接作用とは別に、Wntのカノニカル・シグナル経路が、造血微小環境であるストローマ細胞上のdecorin蛋白発現を誘導する事によって、造血幹細胞維持とBリンパ球分化を間接的に制御している事を見出した(Blood 2012)。

同時に、一井と織谷らは、ヒトにおけるリンパ球初期分化についての解析も進めてきた。ヒト間葉系幹細胞(MSC)を支持細胞と用いた、異種細胞を排したヒトB細胞分化培養系の確立に成功し、ヒトMSCがBリンパ球分化を促進する能力に優れている事を示した(Exp Hematol 2008)。また、血球細胞同士の相互作用が分化に与える影響(J Immunol Methods 2010)、ヒトリンパ球分化各段階のCD10発現についての詳細な解析(PLoS One 2010)について報告した。


8. 血小板研究

 大阪大学における血小板研究の起源は、血液・腫瘍内科の初代教授、木谷照夫先生が第二内科血液研究室のチーフであった時代に遡る。当時(昭和50年代)、倉田、椿尾により特発性血小板減少性紫斑病の病態解析に端を発した研究は、その後冨山、本田、柏木らを中心に血小板機能解析へと発展した。平成16年には、診療科再編に伴い分子制御内科より血小板研究グループとして血液・腫瘍内科に合流することになった。現時点から遡ると約9年前のことである。血液・腫瘍内科における最近の9年間の研究内容を中心に記載する。

 心筋梗塞や脳梗塞など病的動脈血栓症(あるいは塞栓症)は致命的でありその制圧は極めて重要な問題である。動脈血栓形成において血小板が重要な役割を果たしているため、血小板研究クループでは、血小板機能発現機構の解析により血栓形成の分子機構を明らかにすると共に、それを制御する分子標的を探索し血栓形成の新しい制御法の開発を目指している。一方、旧第二内科の伝統である「Patient-oriented research」を継承し、血栓形成のカウンターパートである先天性出血性疾患である血小板機能異常症の解析にも成果を挙げている。以下に、具体的な研究成果を記述する。


(1) 血小板膜GPIIb-IIIa(インテグリンαIIbβ3)の機能発現機構の解析

血小板表面には様々な接着レセプターが発現しているが、その中でもGPIIb-IIIaはインテグリンファミリーに属しフィブリノゲンやVWFの受容体として血小板凝集に必須の蛋白である。抗血栓療法の分子標的であるGPIIb-IIIaの活性化制御を目指し、そのリガンド結合部位(本田)、シグナル伝達機構および活性化の分子機能に成果を挙げており(柏木、本田、田所)、さらに巨核球系細胞株CMK細胞が従来用いられてきたCHO細胞系に異所性に発現させたαIIbβ3に替わる生理的なαIIbβ3活性化のモデルとなることを提唱し、CMKを用いて成果をあげている(柏木、中澤)(J Thromb Haemost 2004, Thromb Haemost 2004, J Thromb Haemost 2005, J Thromb Haemost 2005, Blood 2009; Blood 2011, Exp Hematol 2013)


(2) 血小板機能の負の制御機構

 血小板機能の負の制御機構としてCD47(Integrin-associated protein) /SHPS-1系、アディポネクチン、セマフォリン3Aを同定した(柏木、加藤)(J Thromb Haemost 2005; Blood 2005; Arterioscler Thromb Vasc Biol 2006)。


(3) 血小板異常症の分子異常の同定と病態解析


 (A) 特発性血小板減少性紫斑病の分子病態

特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は自己血小板に対する抗体により血小板が早期に破壊される自己免疫疾患である。研究室では、自己抗原としてGPIIb-IIIaおよびGPIb-IXが重要であることを明らかにしてきたが、GPIIb-IIIa上の自己抗原の局在部位の同定に成功している(冨山、清水)(Int J Hematol 2005, Blood 2012)。また臨床研究として、ITPに関して臨床調査個人表をベースに厚労省研究班として疫学調査を施行し(倉田)、TPO受容体作動薬やリツキシマブの臨床治験にも携わった(冨山)(Int J Hematol 2011, J Thromb Haemost 2012, Int J Hematol 2012, In Salama A, ed. Future Medicine, UK, pp88, 2013)。


 (B) 血小板機能異常症/血小板減少症の病態解析

血小板機能異常症に関して、ADP受容体P2Y12欠損症の本邦第一例目(世界で5例目)を同定し、その遺伝子異常およびP2Y12のαIIbβ3活性化維持機構を明らかにした(白鹿、釜江)(J Thromb Haemost 2005, J Thromb Haemost 2006)。またGPVI欠損症の新規メカニズムを明らかにし(秋山)、新たなThromboxan A2受容体異常症を同定した(釜江)(J Thromb Haemost 2009; J Thromb Haemost 2011)。

また、新たな先天性血小板減少症として、GPIIb-IIIaの活性化変異に起因する血小板減少症を同定した(柏木)(Blood 2011)


 (C) 血小板無力症の遺伝子解析

血小板無力症はGPIIb-IIIaの先天的な質的・量的異常症であり、研究室では全国からの解析依頼もあり、現在までに44症例の解析を行い25症例においてその遺伝子異常を明らかにしている。その中で、リガンド結合異常に起因する症例やシグナル伝達異常の症例を同定している(冨山、本田、田所、清井)(Int J Hematol 2000)。


9. PNH研究

当科設立以前の微研内科(木谷照夫教授)時代より、微研免疫不全の木下タロウ教授との共同研究として大野、西村らが中心となり、PNHの病因、病態研究を行ってきた。当科開講時には、PNHの原因がPIGA遺伝子の体細胞突然変異であることが明らかにされた。その後も米国Duke大学留学前後の西村、大学院生の桑山、植田、山本、大里らが共同研究を継続している。西村は、PIGA遺伝子変異を有するクローンが複数存在するPNH症例を解析し、PNHがオリゴクローナルな疾患であることを示した(Blood 1997)。その後、PNH型血球にレトロウイルスを用いてPIGA遺伝子を導入し、GPIアンカー型蛋白の発現回復を検討した(Blood 2001)。更に、PIGA遺伝子に変異を有する造血クローンが少なくとも6-10年間造血を支持することが可能であることを明らかにした(Blood 2002)。また、服部は自験PNH、再生不良性貧血、MDS症例における体細胞変異の頻度をGlycophorin A遺伝子を用いて検討した(Brit J Haematol 1997)。一方畦西は、本邦再生不良性貧血患者のPIGA遺伝子変異について解析した(Brit J Haematol 1999)。

厚労科研『特発性造血障害班』には木谷内科時代からPNH研究で参画していたが、金倉就任後は溶血性貧血領域のとりまとめ役となり、米国Duke大学留学中の西村と連携し、日米におけるPNH患者の比較疫学調査を行い、臨床的差異を明らかにした(Medicine 2004)。PNH溶血の治療薬として開発されたエクリズマブの本邦第2相臨床試験AEGISでは、金倉が調整医師となり、帰国直後の西村も加勢し、承認に導いた(Int J Hematol 2011)。新薬の開発を機にPNH研究のグローバル化がすすみ、国際PNH専門家会議によるPNH診断の国際指針、診療ガイドの策定に西村が加わった(Blood 2005)。現在、金倉、西村が日本を代表して、PNH国際諮問機関ならびにPNHグローバル·レジストリーに参加している。本邦においても、金倉が代表幹事、西村が事務局長となり、2010年に日本PNH研究会が設立された。その中の疫学部会ではPNHグローバル·レジストリーへの参加、フローサイトメトリー部会ではOPTIMA試験の運営、妊娠部会ではPNH妊娠ガイドライン策定をそれぞれ遂行している(Int J Hematol 2013)。植田は、木下研でのGPIアンカー合成の基礎的研究にて学位取得後(J Biol Chem 2007)、骨髄不全の病態に興味を持ち、米国NIHのNeal Young博士の研究室に留学中である。山本は、本邦特有のエクリズマブ不応症例の解析を精力的に行い、第110回日本内科学会総会ではプレナリーセッションにて成果を発表し、大いに注目を集めた。大里は、酸化ストレスと溶血に関する研究で修士論文を発表し、さらに研究をすすめている。林は、ライフワークである血小板検査を行う傍ら、日夜OPTIMA試験を稼働してくれている。


10. 医師主導型臨床研究

 阪大病院と関連施設が一体となり医師主導型臨床研究を進めることを目的として、2011年1月に、HANDAI Clinical Blood Clubという臨床研究グループの立ち上げ準備を開始した。本研究会の特徴として、医師主導型臨床研究の提案と実施だけでなく、若手医師に対して臨床研究の必要性・実際を教育することや阪大病院と関連病院間の協力体制を強化することも事業内容に含んでいることが挙げられる。課題提案施設を最大限尊重したAuthorship決定方法を明記するとともに、若手の先生方が積極的に意見を述べやすい雰囲気作りにも苦心している。2013年3月に、本研究会会則の承認に至っている。

現在、大阪大学と19関連施設が協力して、「PCR法による多発性骨髄腫の骨髄MRD測定法の検討(阪大病院提案課題)」、「初発中枢神経系原発悪性リンパ腫に対するノギテカンによる地固め療法の有効性と安全性に関する検討(大手前病院提案課題)」、「CNS浸潤ハイリスクを有する初発DLBCLに対するR-CHGOP+HD-MTX療法によるCNS浸潤予防の有用性と安全性に関する検討(豊中病院提案課題)」という3課題の臨床研究を進めており、各先生方の協力のおかげで症例が順調に蓄積されている。2013年6月には、臨床研究に加えて、興味深い症例の解析にも援助する体制を確立した。複数の関連施設からの解析依頼を受理している。

 HANDAI Clinical Blood Clubが設立されて2年が経過したところではあるが、各関連施設および構成員による協力体制が徐々にではあるが整ってきた。大阪大学および関連施設が中心とした臨床研究や症例解析などの情報発信ができるように、日々努力を続けており、今後の発展が楽しみである。

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